老後資金を形成するために、それなりの自己資金を投下して本格的に投資に取り組もうとする場合、投資の内容はもちろんのこと、「投資にいくら回すか?」「いくらまでなら、うまくいかなかった場合でも当面の生活に影響しないか?」を検討することになります。
今回はこのテーマ(運用する金額の検討)について、私が人様(ひとさま)にレクチャーしている内容の一部を紹介します。
まず、投資を、実行するタイミングによって3種類に分類します。
(1) 初期投資(初めにポートフォリオの基盤を作ります)
(2) 積立投資(定期的にポートフォリオを育てていきます)
(3) 追加投資(不定期にポートフォリオを補強・補正します)
今回は上記の(1)で使う資金、「初期投資」資金について書きます。
老後資金づくりのために「借金する」「レバレッジをかける」などは論外ですので、手持ち資金の範囲で検討します(私は信用取引や先物取引、レバレッジをかけたFXやETFの取引経験もありますが、老後資金形成とはかけ離れてしまい、人様にはとてもおすすめできません... 笑)。
なお、給与など、定期収入の一部を投資に振り向ける場合は上記の(2)に該当するものとみなし、今回は取り上げません。
はじめに『老後資金形成の事前準備』として3つ紹介したのち、『「初期投資」資金(手持ち資金から投資に回せる額)の考え方』を説明します。
1. 家計の点検と改善
【運用する資金の確保】
- 収入を点検し、可能であれば増やす
- 支出を点検し、可能であれば減らす
- 保有中の金融商品と保険を点検し、コストが高い金融商品や過剰な保険があれば整理する(売却, 解約, 払い済み, 乗り換え)
- 有利子負債がある場合、繰り上げ返済が有効か否か、借り換えや金利の引き下げが可能か否かを検討する
投資やライフプランは、世帯単位で(配偶者がいる場合は夫婦合算で)考えるべきです。
これは、夫(たとえば A社勤務)と妻(たとえば B社勤務または専業主婦)のそれぞれが利用できる税制優遇措置や購入できる金融商品は、一般的には異なるケースが多いため、個人や口座ごとの部分最適ではなく、世帯の全体最適を図るほうが合理的だからです。
上記の4つの視点で家計(収入・支出、資産・負債)を点検し、キャッシュフローを改善することにより、投資に回せる額(運用する資金)を最大限に確保できます。
もし、家計の現況を把握していない世帯であれば、把握する好機にもなるでしょう。
2. (本人または配偶者が会社員であれば)勤務先の福利厚生制度の確認
[公務員の方も、下記に準じて確認することを強くおすすめします]
上記1.にあたっては、勤務先における以下の制度の有無と、あればその内容を確認することがとても重要です(老後資金形成のための資金の捻出だけでなく、保険や貯蓄方法の見直しにも非常に有効です)。
- 退職金・企業年金制度
- 健康保険組合における特例退職制度と付加給付(一部負担還元金)制度
- 財形貯蓄, 社内預金, 従業員持株会などにおける奨励金や上乗せ金利制度
- 死亡時の勤務先, 労働組合, 共済団体, 企業年金基金などからの弔慰金・遺族給付制度
- グループ保険の取り扱い
これらの各種制度やグループ保険の内容確認と、保有中の金融商品や保険の優劣比較や過不足判定は、前提知識がない方にとっては難易度が高い(漏れや誤りが生じやすい)作業ですので、民間企業の福利厚生制度に強いFP(ファイナンシャルプランナー)に有料で依頼することをおすすめします。
3. 予定される(希望する)ライフイベントの確認
【貯蓄で確保しておくべき資金の見積もり】
- 結婚?
- 出産?
- 引っ越し?
- 転職?
- 住宅ローン(の頭金)?
- 教育?
- クルマ?
- リフォーム?
- 旅行? などなど...
今後のライフイベントの時期と支出の見込みを列挙することにより、日常的な生活費以外に今後どのような支出がありそうなのか、あるいは収入の大きな変化を見込むのかなど、可能な範囲で将来の見通しを立てます。
支出を伴うライフイベントについては、「今後10年以内に支出が予定されるライフイベント」なのか、「10年よりも先に支出が見込まれるライフイベント」なのか、支出の時期が近いか先か(「期近」か「期先」か)によって2種類に区分します。
- 期近のライフイベント費用の合計額は、「使用予定資金(貯蓄で確保し、手を付けずに取っておく資金)」と位置づけます。
- 期先のライフイベント費用の合計額は、「すでに手元にある貯蓄」で足りる世帯もあれば、「これから貯蓄や投資で作っていく金額」を充てないと足りない世帯もあるでしょう。
貯蓄済みの分については、そのまま貯蓄しておいても、投資に回しても(運用しても)、どちらでもよい資金、という位置づけになります。
なお、「10年」は目安ですので、変更は自由です。
ただし、長くすると、投資に回せる額(運用する資金)をいつまでたっても確保できないケースがありえます。
逆に短くすると、貯蓄や投資の進捗によっては資金が足りず、ライフイベントを縮小, 延期, 断念せざるをえなくなる危険性が高まります。
4. 「初期投資」資金(投資に回せる額)の考え方
- 上記の 1. 2. 3. をひととおり終えます。
- 1ヶ月あたりの生活資金(日常生活のための資金)のおよその額を算出します。
- 手持ち資金の合計額を計算します(数日以内に換金できる金融商品の合計です。対象の事故が起きたら受け取れる保険金や、しばらく解約できない金融商品、しばらく返ってこない貸付金など、「自分の意志で今すぐ使うことができないお金」は含めません)。
- 次の a. b. c. d. の額をざっくりと計算します。
a. 生活資金 | 日常生活のための資金(数か月分) |
b. 非常用資金 | 失業や被災など、非常時・緊急時に備える資金(生活資金の3か月~1年分など) |
c. 使用予定資金 | 10年以内に使う予定がある資金(子どもの教育費, 住宅ローンの頭金, リフォームなど) |
d. 余裕資金 | = 手持ち資金合計額 - (a+b+c) |
金額を例示したほうがイメージしやすいですね。右端に追加します。
a. 生活資金 | 日常生活のための資金(数か月分) | 例:40万円×3か月=120万円 |
b. 非常用資金 | 失業や被災など、非常時・緊急時に備える資金(生活資金の3か月~1年分など) | 例:40万円×12ヶ月=480万円 |
c. 使用予定資金 | 10年以内に使う予定がある資金(子どもの教育費, 住宅ローンの頭金, リフォームなど) | 例:500万円 |
d. 余裕資金 | = 手持ち資金合計額 - (a+b+c) | 例:1,500万円-(120万円+480万円+500万円)=400万円 |
手持ち資金合計額 - (a+b+c) で算出された「d. 余裕資金」の全部または一部を、許容できるリスクに応じ、「初期投資資金」として投資に回すことができます。
「d. 余裕資金」≧「投資に回せる額」の関係です。
なお、「投資に回せる額」とは、「それなりの貯蓄があるので、この額を投資に回してうまくいかなかった場合でも、当面の生活に影響しないだろう」という意味です。
「投資に回せる額の全額を運用することが、どの世帯にとっても最適だ」という意味ではありません。
実際に運用する金額は、投資の内容とともに、「許容できるリスクに応じて」検討することになります。
まとめ
この記事のタイトルにしたがって言い換えると、
「投資に回してはいけないお金」とは、
「a. 生活資金」「b. 非常用資金」「c. 使用予定資金」の合計額です。
長々と書きましたが、要するに、よく聞くように、「投資は余裕資金の範囲で行いましょう!」というオチでした(笑)。
もっとも、世帯の事情によっては当てはまらないケースもあります。たとえば、「a. 生活資金」はともかく、「b. 非常用資金」や「c. 使用予定資金」を含めた貯蓄がまだ積み上がっていない世帯の場合、投資に回せる額を確保できないことになります。
そのような場合は、通常、「初期投資」は省略して少額の「積立投資」から始めることが考えられますが、可能であれば、支出を抜本的に改めてまずは貯蓄を増やすべきなのか、あるいは借金の繰り上げ返済を優先すべきなのか等々、中長期目線で(できればFPとともに)総合的に検討することをおすすめします。
今回はここまでにしますが、このテーマ(運用する金額の検討)に関しては次の論点の整理が残っていることを認識しています。
- 「非常用資金(失業や被災など、非常時・緊急時に備える資金)」は、被災直後の混乱の中での換金性(現金の入手可能性)を重視し、「(居住および勤務)地域を営業エリアとする有店舗型の銀行の普通預金(または通常貯金)」にこだわるべきか?
- こだわらなくてもよいとした場合、「非常用資金」は、安全資産への投資に限って投資に回してもかまわないか?
- 同じく、「使用予定資金(10年以内に使う予定がある資金)」は、安全資産への投資に限って投資に回してもかまわないか?
また、関連する論点として以下もありますね。
いずれ取り上げたいと思います。
- 「生活資金(日常生活のための資金)」の定義または算出方法は?
- 「許容できるリスク」はどう考えればよいか?