10月下旬から11月上旬にかけて、
- 税優遇「貯蓄枠」を検討 ~政府税調、老後資産形成を支援~
- 老後の資産形成 年明け以降議論 ~政府税調~
などの見出しの報道を見かけました。
政府税制調査会は首相の諮問機関です。
気になりますよね? え? 気にならない?(笑)
気になる方のために、要点を確認しておきましょう。
- 1. 第19回 税制調査会(2018年10月23日)
- 2. 第20回 税制調査会(2018年11月7日)
- 3. 大学教授の提案骨子(2018年10月23日)
- 4. 上記3.に対する私の補足説明
- 5. 上記3.に対する私の解釈
- 6. 委員の意見書(2018年11月7日)と私のコメント
1. 第19回 税制調査会(2018年10月23日)
http://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/zeicho/2018/30zen19kai.html
- 大学教授(労働法)を招き、「引退後所得保障制度」についての見解を求め、意見交換した。
- 報道によれば、大学教授の提案に複数の委員が賛同し、会長からは「外国の制度を参考にしながら来年も議論していきたい」旨の発言があった。
ということのようです。
「引退後所得保障」とは難しい言い回しですが、「老後生活のための資金づくり(または資金の確保)」という理解でよいでしょう。
肝心の大学教授の提案骨子は、このあと紹介します。
2. 第20回 税制調査会(2018年11月7日)
http://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/zeicho/2018/30zen20kai.html
- 委員が「金融所得・資産課税」に関する内容を含む意見書を提出した。
- 報道によれば、老後の資産形成を支援する税制の創設について、会長が「年明けの早い段階から丁寧に議論を進めたい」旨、発言した。
とのことです。
委員の意見書はこのあと引用しますが、「老後の資産形成を支援する税制の創設についての議論」が始まることは確かなようです。
3. 大学教授の提案骨子(2018年10月23日)
http://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/zeicho/2018/__icsFiles/afieldfile/2018/10/22/30zen19kai5.pdf
以下は、上記資料の抜粋です(ほぼ原文ママ)。
「個人型DC」から「日本版IRA」「国民退職所得勘定」へ
- 全国民について、個人別に老後のための非課税貯蓄枠を設ける
- 現役時代は一定の上限額まで非課税による積み立て(掛金拠出)を認め、運用段階についても非課税、支給時に課税(EET)
- 企業年金がある場合は、DB(実際の拠出額ではなく、一定の前提を置いて数理的に計算)・DCへの企業の拠出額を上限額から控除し、残余がある場合は個人の所得から非課税拠出が可能
- 使い残しの枠は翌年以降への繰り越しを認める
若い頃はそんな貯められなくても、稼げるようになったら昔の分も拠出できる
生涯で老後に備えるイメージ
4. 上記3.に対する私の補足説明
- DCは「確定拠出年金(Defined Contribution Plan)」の略です。
運用の責任(失敗した場合の損失負担)を加入者個人が負います。
いわゆる「自己責任」型の私的年金制度です。
DCには「企業型DC」と「個人型DC(愛称 iDeCo)」の大きく2種類あります。 - 見出しに含まれる「IRA」は米国の個人年金制度の一つです(Individual Retirement Account, 個人退職口座または個人退職勘定などと訳される)。
- 見出しだけで判断すると、米国のIRAを参考にして、現在の個人型DC(iDeCo)を、「日本版IRA」または「国民退職所得勘定」と呼べるような位置づけに変更することを提案しているようです。
- 揚げ足を取るわけではありませんが、「全国民」は「現役世代」を指すものと思われます(非居住者を含むかどうかはわかりません)。
- 「非課税貯蓄枠」という文字列からは「貯蓄が対象で投資は対象外」と読み取れますが、「DC」や「運用」という用語も資料に使われていますので「投資」も含めるのでしょう。
そもそもこのご時世で「貯蓄が非課税!」と言われても、全然嬉しくないですし(笑)。 - EET(Exempt-Exempt-Taxed)とは、「拠出時非課税・運用時非課税・給付時課税」を意味します。
企業型DCのマッチング拠出部分や、個人型DC(iDeCo)と同じタイプの税制優遇措置です(ちなみにNISAは、これとは逆の「TEE」です)。 - DBは「確定給付企業年金(Defined Benefit Plan)」の略です。
運用責任を加入者(従業員)ではなく事業主(会社)が負うという意味で、旧来の厚生年金基金の思想を正統に引き継ぐ、従業員にとってありがたい企業年金制度です(「自己責任」型のDCとは正反対の私的年金制度です)。 - 「DB」と「企業型DC」の2つが、現在の日本での企業年金制度の主流です。
5. 上記3.に対する私の解釈
提案された「非課税貯蓄枠」という制度は、どうやら、「個人型DC(iDeCo)と同じタイプの税制優遇が付いた、貯蓄・投資用の新たな器(貯金箱)」というイメージのようですね。
貯金箱に例えて説明すると、次のようになると思います(私の解釈に誤りがあるかもしれません。誤りがあれば、ご指摘いただけると幸いです)。
- 原則として、現役世代の全国民に対し、空っぽの貯金箱が毎年1個、国から配られる。
ということは、配布対象年齢が仮に20歳から69歳までだとすると、制度開始時点で20歳以下の世代は、生涯を通じて最大50個の貯金箱が配られることになる(おそらく、金融機関を年ごとに1社選んで、そこにその年の貯金箱を預けることになる)。 - 貯金箱には大小さまざまなサイズがあるが、最大サイズ(いくらまで入れられるか)は決まっている。
最大サイズは、年齢・職業・所得などに関係なく一律であり、また、年(暦年)によって変わることなく一定である(長い年数の間には、インフレなどを理由にした最大サイズの見直しはあるかもしれない)。 - 毎年最大サイズの貯金箱が配られる人もいれば、人によっては小さい貯金箱が配られる年もある。
どこまで小さくなるかは、人によって、年によって異なる。
さらに、人によっては貯金箱が配られない年もある。
↓ (ここ、重要です!)
働き方の違い(正社員, 非正規, 公務員, 自営業者など)や、正社員であっても、勤めている会社の違い(DB・DCの有無や内容)により生じる「老後資金形成上の格差」の穴埋めも目的の一つなので、「会社が出してくれるDBやDCの掛金の分(あなたは恵まれてるんだから)、今年の貯金箱は小さくするよ~」ということでしょう。
相対的に手厚いDBや企業型DCに加入している会社員の場合、人によっては、あるいは年によっては、貯金箱をもらえないかもしれません。
というか、ここまで書いてきて急速に、その可能性が高い気がしてきました...。
提案された制度の受益者(非課税の恩恵を受ける人)は、「個人型DC(iDeCo)に加入できる人」とほぼ同じではないかと(現時点では)想像します。
かなり乱暴に言い換えれば、「大企業の正社員『以外』の人」向けの制度なのではないでしょうか。
そうだとすると、個人型DC(iDeCo)と同じく、ある意味「逆差別」とも思えます。 - ご存じのとおり、「使い残し枠の翌年以降への繰り越し」はDCやNISAでは許されていません。
提案された制度では、「(たとえば)69歳までなら、まだ満杯になっていない古い貯金箱に入れてもいいよ~」という意味でしょう。
一般的には20代よりも30代、30代よりも40代のほうが所得が高いので、「生涯で老後に備える」のは理にかなっていると思います。
ただし、貯金箱のサイズ変更や、配られなかった年の貯金箱をあとでもらうのはさすがに無理でしょう。
6. 委員の意見書(2018年11月7日)と私のコメント
http://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/zeicho/2018/__icsFiles/afieldfile/2018/11/07/30zen20kai6_1.pdf
金融所得・資産課税について
格差是正の観点から金融所得課税の一体化(損益通算)の進展を前提に課税の強化(税率の25%程度への引き上げ)を検討すべき。
他方、勤労世代の(老後に向けた)資産形成を支援するよう非課税貯蓄の制度の充実、NISAを含めて分立する非課税投資・貯蓄の整理と(英国の例に倣った)横断的な非課税枠の設定を行うべき。
以下、私のコメントです。
- 【格差是正の観点から金融所得課税の一体化(損益通算)の進展を前提に課税の強化(税率の25%程度への引き上げ)を検討すべき。】
ここで書かれている「格差」の意味がそもそもわかりません。
まさか、「この1年間に金融所得があった人(自分の努力で作った金融資産を元手に、自分が判断して指図した投資行動が、結果として成功し、実現利益を得られた人)は、投資で損失を被った人(結果として成功しなかった人)や、投資をしなかった人(そもそもリスクを取らなかった人)よりも恵まれているのだから、もっと税金を払え」という意味でしょうか?
これまで国は、「貯蓄から投資へ」「貯蓄から資産形成へ」を進めてきました。
この流れと矛盾しませんか?
私は個人投資家の一人として、損益通算のさらなる範囲拡大は歓迎しますが、税率の引き上げにはもちろん反対です。
増税の前に、「税率20.315%の分離課税への一本化」を希望します。 - 【勤労世代の(老後に向けた)資産形成を支援するよう非課税貯蓄の制度の充実、】
こう書かれて反対する人はいないと思います。
ただ、上記4.の私の解釈がおおむね正しければ、大企業の正社員の多くにとっては、「いまの個人型DC(iDeCo)と同じで、残念ながら自分たちは利用できない制度だから、関係ないね~」となるでしょう。
「老後資金形成上の格差の穴埋め」といいながら、結果として、公務員が喜ぶだけかもしれません。
公務員は、DBや企業型DCに加入できない一方で、雇用や所得水準は民間に比べ生涯を通じて安定しており、平均的な会社員よりも貯蓄・投資できる余裕があるはずです。
他方、相対的に所得の低い人やそもそも無職の人は、非課税制度があろうがなかろうが、貯蓄・投資をしたくても、できないのではないでしょうか。
2017年1月スタートの個人型DC(iDeCo)加入者範囲拡大をもっとも喜んだのは公務員だった、と私は推察しています。 - 【NISAを含めて分立する非課税投資・貯蓄の整理と】
個人型DCだけでなく、NISAまで取り込むとなると、「整理」の仕方が問題になると想像します。
現在利用できるNISAは3種類ありますが、個人・世帯によってどれが最適かが異なり、かつ、それぞれに良さがあります。
DCは、企業型と個人型とでまったく別物です。個人型はともかく、企業固有の人事制度に連携する企業型に手をつけるのは難しいと思います。
非課税貯蓄ということは、財形年金貯蓄も整理の対象なのでしょうか?
複数の制度を単純に1つにまとめるような「整理」が最善、とは限らないと思います。
↓ 政府税調の事務局の方へ(絶対、読まれませんね... 笑)
もしかして、「国民年金基金」の加入者範囲を個人型DC(iDeCo)と同程度まで拡大し、かつ、何らかの改善を実施すれば、目的をほぼ達成できませんか?
国民年金基金であれば、利用者は堅実に(自己責任による運用リスクを負わずに)、かつ、拠出時非課税の恩恵を受けながら、自助努力(所得からの積み立て)によって「じぶん年金」を用意できます。
しかも、「終身年金を選べる」という極めて強力な長所があります。 - 【(英国の例に倣った)横断的な非課税枠の設定を行うべき。】
「英国の例」ということは「ISA」を指しているものと思います(Individual Savings Account, 個人貯蓄口座または個人貯蓄勘定などと訳される)。
ん? ISAを参考にしてNISA(Nippon ISA)を作りましたよね?
「NISAの出来が悪かった」という「意見書」でしょうか(笑)。
NISAは、職業や所得に関係なく、かつ、60歳以降でも利用できる公平な税制優遇措置という点で、私個人はかなり高く評価しています。
「NISAの整理」ではなく、「NISAの恒久化」をまずは希望します。