5年に一度、公的年金の将来の給付水準を示す「財政検証」の結果が公表されました(2019/8/27)。
多くのメディアやコメンテーターは、悲観的・批判的なトーンで取り上げています。
公的年金については、(これまでもこれからも)誤解や勘違い、トンデモ論が展開されるものと想像します。
それらを鵜呑みにして、自助努力の方向性を誤り、悪質な業者や金融機関のセールストークに騙されてしまう人が増えるとしたら、残念なことです。
さて、公表内容を思い切り要約し、私見を加えて投稿します。
1. メディアが取り上げた「給付水準」
「財政検証」結果の報告資料として、今回、7つのpdfファイルが厚生労働省のサイトに掲載されました。
「資料1」(計13ページ)に要点がまとめられています。
まず、これを思い切り要約します。
- (前回は、8つのシナリオ[経済前提]のもと、ケースA~Hを示したが)
今回は、経済前提を「控えめに設定」し、「ケースⅠ~Ⅵ」と「オプション試算A・B」を示した
(前回は公表後、「経済前提が甘過ぎる」との批判がありました。
また、今回のオプション試算については、この記事では取り上げません)。 - 給付水準の将来予想は、前回同様、「所得代替率」という指標で示した
(下の表にまとめました)。 - 所得代替率とは、
「現役男子の平均手取り収入額」に対する、「40年間、夫が平均的な収入で働き、妻が専業主婦だった夫婦の年金額」の比率である
(「世間並みに雇われてきた夫+専業主婦だった妻」が、今も昔も厚生労働省の「モデル世帯」です)。 - 2019年度(今年度)の所得代替率:61.7%
(夫婦2人の基礎年金 13万円/月 + 夫の厚生年金 9万円/月)
÷ 現役男子の平均手取り収入額 35.7万円/月 = 61.7%
所得代替率の将来予想(約25年後):
経済成長と 労働参加が... |
ケース |
実質経済成長率 (2029年度以降 |
(2043~2047年頃) |
進む | Ⅰ~Ⅲ | 0.4~0.9% | 50.8~51.9% |
一定程度進む | Ⅳ・Ⅴ | 0.0~0.2% | 50.0% |
進まない | Ⅵ | -0.5% | 50.0% |
補足:
「所得代替率」は、約25年後に年金を受け取り始める人の予想値です。
下の2.の表と照らし合わせやすいよう、2つの値の文字色を青と赤にしています。
2. メディアがほぼ無視した、もう一つの給付水準
私が特に注目したのは「資料2-1」でした。
この資料には、「将来の年金の実質的な額(将来の物価上昇分を割り引いて現在の価値に直した額)」をはじめ、より詳細な情報が6つのケースごとに記載されています。
もっとも楽観的な「ケースⅠ」と、もっとも悲観的な「ケースⅥ」を表にまとめましたので、じっくりとご覧ください。
年金の実質的な額(現在価値)の将来予想:
2019年度 ①現役男子の手取り |
2024年度 |
2040年度 |
|
||
Ⅰ |
①35.7万円/月 |
①36.7 |
①46.1 |
2046年度 ①50.6 |
2060年度 ①62.9 |
Ⅵ |
同上 |
①36.1 |
①38.8 |
2043年度 ①39.3 |
2052年度 ①40.7 |
補足:
「②夫婦の年金」と「③所得代替率」は、記載の年度に年金を受け取り始める人の予想値です(受け取り中の人の年金が将来どう変わりそうか、ではありません)。
「①現役男子の手取り」は、将来の上昇を見込んだ額です。
「②夫婦の年金」は、将来の物価上昇分を割り引いて現在の価値に直した実質的な額です。
3. 私見
メディアやコメンテーターの多くは、目につきやすい「所得代替率」だけを取り上げます(上記1.の表)。
その結果、
- 現在の年金が「61.7」だとすると、将来は「50」になるらしい。
- 年金が2割減ることを、厚生労働省が認めた!
- 国は(あるいは、政府・与党は)けしからん!
という論調になりがちです
(所得代替率の予想は5年前も同じような値でしたが、忘れたのでしょうかね)。
所得代替率ではなく、将来の年金の「実質的な額(現在価値)」に着目するとどうなるでしょうか(上記2.の表)。
- 経済成長と(女性や高齢者の)労働参加がうまく進めば、20年くらい先に65歳になる世代(現在45歳前後)の年金の実質的な価値は今よりも1割増え、うまくいかなければ1割減るだろう。
- 40年くらい先に65歳になる世代(現在25歳前後)は、うまくいけば1.5倍に増え、いまくいかなければ15%減るだろう。
と、「所得代替率」とは異なる景色が見えてきます。
ちなみに、上記2.の表には記載していませんが、将来の年金の「実質的な額(現在価値)」は、
- ケースⅠ~Ⅲでは、世代に関わらず増える(若い世代ほど増える 0~49%)
- ケースⅣとⅤでは、世代に関わらず微減(▲1~6%)
- 最悪のケースⅥでは、世代による差が表れる(若い世代ほど減る ▲1~15%)
という予想でした(「資料2-1」を確認してみてください)。
つまり、将来の年金を、物価の上昇に伴って増える分を差し引いた現在の価値(=現在の購買力)で見通すと、年金の実質的な額は、必ず減るとはいえない(減っても微減だろうし、増える可能性もある)といえます。
公的年金の将来の給付水準を、
- 「所得代替率」という指標で見るか
(将来の受け取り開始初年度の自分の年金を、その時点の後輩世代の稼ぎと比べたいか) - 「実質的な額(現在価値)」で見るか
(将来の受け取り開始初年度の自分の年金を、今の購買力でイメージしたいか)
どちらを重視するかは人それぞれでしょう(私は後者です)。
どちらを重視するかによって、老後資金に関する危機感の程度は異なるでしょうが、いずれにしても、現役世代の多くの方々にとって、「公助・共助」である公的年金だけに頼ることなく、「自助」としての老後資金形成が重要であることに変わりはありません(私自身を含みます...)。