年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、日本の国民年金と厚生年金の積立金の管理・運用を担当する、世界最大の年金基金です。
あまりの巨大さから、俗に「クジラ」とも呼ばれています。
GPIFの年金資産運用の基本的な考え方は、分散・長期投資の王道ともいえ、老後資金を自ら育てようとする個人投資家の参考になります(ただし、彼らが購入する個別具体的な金融商品は個人には買えないものがほとんどなので、その点は参考になりません)。
2018年9月26日、「GPIF、今年度の計画を変更」とのニュースが流れました。
さて、何をどう変えたのでしょうか?
確認する前に、GPIFの基本ポートフォリオを復習しておきましょう。
1. GPIFの基本ポートフォリオ
分散・長期投資を前提としたポートフォリオを構築するとき、運用するアセットクラス(資産区分)ごとに配分比率の目標を設定することを、個人投資家や、個人を相手にセールスする側の人たちは「アセットアロケーション」といいますよね。
他方、機関投資家のうち、公的年金や企業年金などいわゆる年金基金では、「政策アセットミックス」「政策的資産構成割合」「基本資産配分」などといいます。GPIFはこれを「基本ポートフォリオ」といっています。
資産区分ごとに設定した配分比率の目標、という意味ではどれも同じです。
通常は、同時に「乖離許容幅」(「許容乖離幅」「許容範囲」)も決めます。
運用を始めれば、時価の変動に伴い、比率は少しずつ歪んでいきます。
歪みを是正するには、つまり、資産区分ごとの実際の比率が目標の比率に戻るように、または近づくように修正する(リバランスする)投資行動を実行するには、コスト(手数料)がかかります(個人でいえば、リバランスを実行する前に、税金について特に慎重に検討する必要があります)。
そこで、運用中の金融商品を評価(モニタリング)する基準日に、資産区分ごとの比率が、事前に決めておいた一定の範囲内に
- 収まっていれば比率を修正するための投資行動は実行せず、次のモニタリングを待ちます(コストがかかるリバランスを回避します)。
- 収まらずに超えていれば、比率を修正するための投資行動(リバランス)を実行します。
モニタリングは、たとえば3ヶ月ごとなど定期的に行います(個人でいえば、少なくとも年に1回は行いましょう)。
資産区分 | 目標の比率 | 乖離許容幅 |
---|---|---|
国内債券 | 35% | ±10pt |
国内株式 | 25% | ±9pt |
外国債券 | 15% | ±4pt |
外国株式 | 25% | ±8pt |
2. GPIFの基本ポートフォリオと資産構成割合
GPIFでは、目標の比率(基本ポートフォリオ)に対し、2018年6月末時点の実際の比率(資産構成割合)は次のとおりでした。
資産区分 | 目標の比率 | 乖離許容幅 | 実際の比率 |
---|---|---|---|
国内債券 | 35% | ±10pt | 27% |
国内株式 | 25% | ±9pt | 26% |
外国債券 | 15% | ±4pt | 15% |
外国株式 | 25% | ±8pt | 25% |
短期資産 | 定めず | 定めず | 7% |
2行目からの「国内株式, 外国債券, 外国株式」の実際の比率は目標どおりです。
ところが、1行目の「国内債券」の比率は実際と目標との間に乖離が生じており、許容範囲の下限に近い状態であることが読み取れます(目標[下限25%, 中心35%, 上限45%]に対して実際は27%と、余裕が2ポイントしかない状態です)。
その一方、「短期資産」(基本ポートフォリオで目標の比率を定めていない)は、実際には7%と、やや多い印象です(短期資産は、個人でいえば、証券会社の預り金やMRF, 銀行の預金, 現金などのことです)。
分散・長期投資の基本的な考え方の一つである「リバランス」に従えば、「国内債券の実際の比率が乖離許容幅の下限を下回ったら、過剰な短期資産を活用して国内債券を買い増し、国内債券の実際の比率を35%に近づける投資行動を実行すること」が正解です。
しかしながら、今、国内債券を買い増すべき時機でしょうか?
(個人でいえば、買い増し以前に、国内債券を保有すべき時機でしょうか?)
というわけで、国内債券に投資しづらい状況 <*脚注1> が続いています。*1
さて、足元の環境を確認できたところで、2018年9月26日のニュース「GPIF、今年度の計画を変更」に戻りましょう。
3. GPIF、今年度の計画を変更
原文は「平成30年度計画の変更に係る髙橋理事長コメント」をご参照ください。
わずか1ページの資料ですが、さらに整理(および意訳)すると...
国内債券に機械的に再投資することは、必ずしも被保険者の利益にならない可能性がある
つまり...
教科書どおりにリバランスを実行して国内債券を買い増すことは、現役世代の国民に対する将来の年金給付にマイナスの影響を与えかねないので、
- 国内債券の乖離許容幅について「弾力的に運用」することにしたよ。
- 具体的には、とりあえずは、国内債券と短期資産の合計が国内債券の許容範囲内ならOKということにして、市場環境に変化があればさらに見直すよ。
意訳の度合いをさらに強くすると...
足元の金利水準で国内債券を買うわけにはいかないので(損することがほぼ確実な投資を実行したら、国民に申し開きできないので)、
- 「国内債券の実際の比率は、国内債券の乖離許容幅の範囲内であること」というこれまでの運用を、
- 「国内債券+短期資産の実際の比率は、国内債券の乖離許容幅の範囲内であること」に変更したよ。あ、でも、これ、とりあえずね。
という意味です。
今後のモニタリングで、国内債券が24%になったとしましょう。
「これまでの運用」であれば、乖離許容幅の下限25%要件をクリアするために、国内債券を少なくとも1%分以上買い、許容範囲内に戻す必要があります。
一方、「弾力運用」であれば、短期資産を足せば乖離許容幅の下限25%要件をクリアするので、国内債券を買い増す必要はないよね、ということです。
「なんかズルっぽくない?」という声も聞こえてきそうですが(笑)、年金資産運用の意思決定の場に立ち合う者としては、このニュースを読んで100%合理的な判断だと感じました(そういえば少し前に、ほとんど同じような話をどこかの年金基金で聞いたことがあります... 笑)。
老後資金を自ら育てようとする個人投資家にとって、自分が決めたルールを守ることはとても大切なことです。
他方、投資の最終目標が、一人ひとり、それぞれあると思います。
たとえば「公的年金の『足し』にしたい」とか、「老後、お金に困ることがないようにしておきたい」とか、あるいはもっと大胆に「経済的自由を獲得したい」などではないでしょうか。
今回の記事は、最終目標への到達時期が早まる、または最終目標の実現可能性が高まることを合理的に判断できる場面においては、自分が決めたルールを変更する柔軟性もまた大切ですよね、ということを、GPIFのニュースにひっかけて投稿した次第です。